タモさん先輩による部隊の運用原則 | 榊原吉典の視点 第4回

あれで良いんだ同好会「理論」とは?
田母神セブン 2023.03.13
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「田母神セブン」メンバーで田母神俊雄の元部下、榊原吉典によるコーナー「榊原吉典の視点」の第四回として現役時代に感じた田母神俊雄による特徴的な運用原則「あれでいいんだ同好会理論」を説明するとともに、米軍やドイツ・プロシアの名将モルトケなどと比較考証いたして参ります。

1.あれでいいんだ同好会とは?

2.叱咤せず部下に裁量を持たせる効能

3.アメリカ空軍の場合

4.プロイセン参謀総長ヘルムート・フォン・モルトケの場合

5.中国軍でも進む、分権的(委任的)指揮法

6.「独断専行」と「積極果敢」

『航空自衛隊を元気にする10の提言』において、部下のやる気を振作し、部隊を精強にするために、タモさん先輩は航空自衛隊の『あれでいいんだ同好会』の会長である」と宣言されています。この宣言どおり、タモさん先輩は鍛えて信頼した部下たちには「あれでいいんだ」と仕事を任せています。仮に少々至らなかったり、やり過ぎたりしても「上司の仕事は部下の仕事の責任を取ること」と言われ部下を責めることはなく、自ら果断に処置します。

今回は、この「あれでいいんだ」理論を、航空宇宙ドクトリンの一つの要素である、航空宇宙戦力*1の運用原則等になそらえて説明させていただきます。

*1 アメリカ空軍においては、自らの戦力の表現をAirpowerを改めてAir and Space Powerとしていた時期もありましたが、最新のドクトリン図書では再びAirpowerとしています。。ただ、本稿では、宇宙空間の防衛上の重要性が増す中、航空自衛隊を「航空宇宙自衛隊」に改称する方針が、閣議決定された安全保障関連3文書に明記されたことを鑑み、アメリカ空軍ドクトリンからの引用文を除く他の個所において、現代の“空軍の力”の意味では”航空宇宙戦力”と表記しております。

「あれでいいんだ同好会」会長が部下に力を発揮させる原則

部下を強権的に威圧するような指揮では、部下は恐怖に怯えて、イニシアティブやパフォーマンスは発揮されませんが、「あれでいいんだ同好会」会長であるタモさん先輩は、その言葉と行動により部下との上下関係において、非人間的な取引関係でない、人間的な対人関係としての信頼関係が築かれています。こうしてタモさん先輩による統御により、部下たちは創造性を発揮して生き生きと積極的に任務を遂行できるのですが、それだけでなくタモさん先輩の指揮には航空宇宙戦力の運用原則の適応が認められます。

「あれでいいんだ同好会」会長による部下に遺憾なく力を発揮させる原則とは何でしょうか。会長は部下に、精到な訓練・演習を繰り返すことにより、部下の身上・能力を確実に掌握し、部下の組織における階層のレベルに応じて会長の信頼によりその権限が委任されています。この権限委任こそが原則の要素の一つなのです。権限委任があるからこそ、時機を失せず状況変化に即応した的確な対応が可能となります。危機や好機に対しては、可能な限り短時間で反応すべきです。ヒトの反射では、危険な刺激等の即応すべき刺激に対しては、大脳でその刺激信号を処理して反応行動の出力をしていては遅いので、それよりも前の(下位の)中枢で信号処理をして出力しています。また、激動する現代社会において企業等は、ビジネスチャンスを逃さないため、上司から部下に適切に権限を委任して対応しています。案件の都度、トップリーダーまで判断と決心を確認していては、チャンスを獲得することはできません。ビジネスにおけるエンパワーメント(empowerment)とは、正にこの権限委任でしょう。さらに、権限委任の効果は、反応速度だけではありません。部下の心を振作して、やる気、自主性、創造性を引き出します。「あれでいいんだ同好会」会長は、リーダーによる統御と部下への権限委任により、部下たちは自主的、かつ創意工夫を凝らして、笑顔で任務に邁進しているのです。

しかしながら、無闇に権限の委任することは取り返しのつかない失敗につながりますので要注意です。権限委任と同時に必要なことは、ドクトリンを共有することと、そのドクトリンに基づいた、精到な訓練・演習の繰り返しにより、信頼できる部下・チームを育成することです。これにより、リーダーに判断させるべきでない案件や、リーダーの判断を仰ぐ暇のないときなどでも、部下たちはリーダーの意図を明察し、状況に適した時機を得た、的確でタイムリーな行動が可能となります。一方で、「権限の委任」を都合よく解釈したとも考えられる「独断専行」というものがありますが、これは甚だ危険であり、組織を破滅させますので厳禁です。これについては、後述します。

トップリーダーは一人であり組織の方向を決定するため、部下を一元的に指揮します。そして、トップリーダーから権限委任により分権した各セクションのリーダーたちが(組織規模によっては更に下位に分権したリーダーたちが)それぞれ多元的に実行できる体制が、優れたリーダーと組織なのです。「あれでいいんだ」理論では、会長が一元的に部下を指揮するとともに、それぞれの部下は、自主的に、そして創造性を発揮して、分権的・多元的に行動することが可能なのです。

アメリカ空軍における航空宇宙戦力の運用原則

世界最強かつ最大の航空宇宙戦力を有するアメリカ空軍のドクトリン図書に記述されているTenets of Air and Space Power(航空宇宙戦力*1の運用原則)の中で、最も強調されて最初に記述されている運用原則は、Centralized Control and Decentralized Executionというものでした。すなわち、航空宇宙戦力は一元的(集中的)に指揮されるべきである(Centralized Control)とともに、多元的に戦力発揮されるべきだ(Decentralized Execution)ということです。アメリカ空軍は恒常的にドクトリンを見直しており、最新のドクトリン図書では“Tenets of Airpower(航空戦力*1の運用原則)”の最初に記述される原則は、“Mission Command*2”となっております。“Mission Command”とは何か、今までのアメリカ空軍ドクトリンでは見られないものです。それは“Centralized command”と“Decentralized execution”に“Distributed control”が追加されて、今までより考え方が深化した内容となっております。すなわち、航空戦力は、戦略レベルにも作戦レベルにも直接影響を及ぼす力を有するため、一人の空軍指揮官により一元的に指揮される(Centralized Control)べきであり、分権的指揮(Distributed control)によりチャンスに即応することが可能となる、また、状況に即応してそれぞれの部署が多元的に戦力発揮する(Decentralized Execution)ためには、部下のイニシアティブを振作するための権限委任が必要である、とされています。このように、アメリカ空軍が最も重視している運用原則に、分権や委任という概念が盛り込まれているということは注目に値します。

航空宇宙戦力は、元々は航空戦力という概念であり、航空戦力の中でも第一次世界大戦において登場した航空機は、陸軍の作戦を支援する兵器でした。その後、航空機の発達とともに、陸軍の戦車や海軍の戦艦等よりも、速度、行動範囲及び破壊力等において最も優れた兵器へと成長していきます。こうして、第二次世界大戦後、アメリカにおいては空軍という新たな軍種が誕生するとともに、航空戦力は一元的に指揮して運用すべきとの考えが進化してきました。(イギリス空軍やドイツ空軍は、第二次世界大戦前に誕生しています。)

アメリカ空軍大学の教材において、Centralized Control and Decentralized Executionが適応された好例としては、第二次世界大戦におけるBattle of Britain(イギリス本土防空戦)、悪い例では、ベトナム戦争におけるOperation Rolling Thunder(ローリング・サンダー作戦)が紹介されていました。

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